第121代_孝明天皇_後月輪東山陵陵
天皇基礎情報
生 没 | 1831年7月22日-1867年1月30日 |
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在 位 | 1846年3月10日-1867年1月30日 |
御 父 | 第120代仁孝天皇(第四皇子) |
御 母 | 藤原雅子 |
諱 | 統仁(おさひと) |
エピソード | 江戸時代末期の異国船が来港する時期に即位し、攘夷と公武合体を唱え幕末の危機に対処したが。王政復古・倒幕の動きが進展した年に天然痘で崩御したため、毒殺説もある。 |
和歌
「朝夕に 民やすかれと 思ふ身の 心にかかる 異国の船」
朝夕に国民が健やかに暮らして欲しいとお祈りをしているけれども、異国の船のことが気にかかって不安でたまらない
「鉾とりて 守れ宮人 九重の みはしの櫻 風そよぐなり」
紫宸殿前の階段の左にある桜のが、ざわざわと風がそよいでいるのは朝廷に大変不穏な雰囲気があるということ
陵墓基礎情報
所在地 | 京都府京都市東山区今熊野泉山町 泉涌寺内 |
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拝観時間 | 時間外は門が閉められていると思われるが、空いていることもある |
タイプ | 山の下静寂タイプ |
陵形 | 円丘 |
陵印保管場所 | 桃山陵墓監区事務所 |